相続発生前の遺産分割協議や相続放棄は不可能?
代替の手続きも紹介
※このコラムは動画でも解説しています。
遺産をもらい受ける「相続」は本人が死亡して初めて発生する権利(もしくは義務)。しかし、何らかの事情で本人が生きている段階で遺産に関する取り決めを行っておきたい、というケースが出てくるかもしれません。
そこで今回は、生前の遺産分割協議や相続放棄について、実際にトラブルになる可能性のあるような具体例を挙げた上で、どのような手続きをとれば約束事が法的に有効になるのかを解説していきます。
将来的な遺産の分割において、トラブルをあらかじめ防ぐ重要な考え方なので、是非ご一読ください。
【事例】特定の人の相続について生前に協議したケース
今回、権利関係の説明をわかりやすく説明するために、具体例として4人の登場人物を出します。
・Aさん:父(死亡)
・Bさん:母
・Cさん:兄
・Dさん:妹
Aさんが死亡してその遺産分割の協議が行われました。そして、
①Cさんが実家に戻り、年老いたBさんの面倒を見る
②Aさんの遺産は全てCさんが相続する
③Bさんの死後、その遺産は全てDさんが相続する
という取り決めがなされました。
その後Bさんが死亡し、その財産を相続する際、Cさんが「そのような約束はしていない!」と主張し、Bさんの遺産分割に関して争いが生じてしまいました。
約束はAさんが死亡した時に行われているので、Aさんの遺産は相続人であるBさん、Cさん、Dさんの取り決めにより自由に分配することができるため、②のようにCさんが全て相続することに全く問題はありません。
しかし、③に関してBさんがまだ生きている状況でBさんの遺産について取り決めがされています。この効力について、場合分けしながら解説していきます。
生前の遺産分割協議は原則不可能!
似たような形を実現するには?
生前に遺産分割協議や相続放棄などの手続きを行うことはできません。その事情を説明するとともに、有効な手続きを組み合わせることにより同様の形を実現する方法についても解説します。
生前の遺産分割協議は無効!書面が残っていても意味をなさない
生前の遺産分割協議は判例上認められていません。仮に、念書のような形で約束を取り交わしていたとしても、その内容は無効とされます。
遺産というのは本人が死亡した時点で発生する財産。従って、いつ発生するものなのかもどれだけの財産が残っているかも不明瞭です。相続する人(推定相続人と言います)の方が本人よりも先に亡くなる可能性すらあります。
そのような権利の性質上、生前にあらかじめ遺産分割協議を行うこと自体が不合理ということですね。従って、口約束であろうと念書などが残っていようと、取り決め自体が無効とされます。
生前に相続放棄を約束することも不可能
遺産分割協議が不可能であれば、生前にあらかじめ相続放棄をすること、もしくは死後に相続放棄する旨を書面などで約束しておくことが考えられます。しかし、このような取り決めも法的には無効です。
そもそも、相続放棄は被相続人の死後(正確にはその死を知ってから)3か月以内の期間のみ家庭裁判所に対して申し立てられる手続き。生前にそのような手続きを取ることは当然のこと、あらかじめ手続きの約束をしておくこともできないということですね。
生前に遺言書を作成する形であれば対応可能
生前に遺言書が作成されていた場合、遺産分割は原則としてその通りに行われます。
つまり、今回のケースではBさんが「死後、遺産は全てDに譲る」という遺言書を作成すれば、Bさんの死後、遺言書の内容に沿ってDさんに対してのみ相続が行われます。
しかし、この場合は一点問題があり、遺言書にどのような内容が記されていたとしても法定相続の権利を持つ人、今回はCさんは「遺留分」と呼ばれる、遺言書などに左右されない最低限の取り分を請求する権利があります。
仮に口約束や覚書で「遺留分は請求しない」と約束していても、実際に請求された場合は遺留分に関してはCさんのものとなってしまいます。
「遺留分」の放棄であれば生前に申し立てが可能
生前に相続放棄を行うことはできませんが、実は「遺留分の放棄」であれば家庭裁判所に対して申し立てを行うことが可能なのです。
つまり、Bさんが遺産を全てDさんに譲るという内容の遺言書を作成した後、Cさんが遺留分の放棄を行った場合、約束通りの遺産分割が法的に実現します。
なお、遺留分の放棄は以下の条件を全て満たしている場合のみ申請が可能です。
①遺留分放棄が本人の意思であること
②遺留分放棄に合理的な理由と必要性があること
③遺留分放棄の代償を得ていること
今回のケースでは、CさんがAさんの死亡時に遺産をすべて譲り受けているという事情があるため、それを記載して家庭裁判所に申し立てを行う形になります。
まとめ
生前に遺産分割協議や相続放棄を行うことはできません。相続は本人の死亡に伴って発生する権利・義務であるため、本人が生きている間に取り決めを行うこと自体が不合理であるとされているためです。
しかし、本人の生前であれば遺言書に記載することにより、特定の相続人にのみ財産を相続させることは可能です。また、他の相続人がもつ遺留分の権利については一定の条件を満たすことで「生前の遺留分放棄」の手続きが可能です。
約束をした時は守るつもりであっても、時間が経って事情が変わると反故にしてしまう事例は残念ながら実在します。将来揉め事になり、残念な思いをすることがないように、約束事は法的にしっかりと取り交わしておくことが大切です。